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身の隠し方

ペトロカスイ岐部の軌跡 | マリア観音

右の写真は、マリア観音像と呼ばれる弾圧を受けた者達によって礼拝対象とされた聖母マリアに擬せられた観音菩薩像です。芥川龍之介が蔵していたことでも有名な像です。隠れキリシタンは、納戸などにこの像を隠して信仰を絶やさないように祈っていました。

潜伏キリシタンは正しい教えに導いてくれる指導者を必要としていました。また、洗礼を受けるためには司祭が必要でしたが、宣教師の入国は禁止されてしまった上、国内の宣教師は次々に追放・処刑されていました。そのため、ペトロカスイ岐部は司祭に叙階されるためにローマまで歩いたのです。

HHAと彫りこまれた石をキリストになぞらえて祈ったり、オラショ(ラテン語オラシオ(oratio)に由来し、元々はラテン語の祈祷文の事)を唱えたり、文明開化まで信仰を守り続ける礎を築きました。